クリスチャンは罪人ですか?それとも聖徒ですか?


質問: クリスチャンは罪人ですか?それとも聖徒ですか?

答え:
クリスチャンは罪人であり聖徒でもあります。罪の中で生まれているのですべての人は罪人です。 しかし、すべての人間が聖徒ではありません。聖書によると、聖徒は何か素晴らしいことを成した人でも教会、又は組織で聖人として認められた人でもありません。 新約聖書で "saint" (聖徒)と訳されたことばは、 hagios,で、文字通り〝神聖、肉体的に純粋、道徳的に攻められるところがない、又は宗教的;儀式的に聖別される;聖い"という意味です。 新約聖書箇所の文脈の中では聖徒は恵の故に信仰によって救われたキリストの体に属する者です。(エペソ2:8-19) 言い換えれば、聖徒はクリスチャン、主イエス.キリストを真に信じる人のことです。

すべての人が罪の中で生まれ、罪の性質を持っていることは聖書的なはっきりした真理です。聖書は、始めに神は人間を善人で、罪の性質のない者として創造されたと言っています。「神は仰せられた。『さあ人を造ろう。我々のかたちとして、われわれに似せて、、、』神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女と似彼らを創造された。」(創世記1:26-27)しかしながら、創世記3章にはアダムとエバの堕落が記されています。 それと共に罪が以前は罪のなかった二人の人に入ってきました。彼らが子供を産んだ時彼らの罪はその子供たちに受け継がれました。それで、すべての人が罪人なのです。

一方聖徒は生まれつき聖徒ではありません。聖徒は二度目に生まれることで聖徒になるのです。なぜなら、私たちは,「罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができない」(ローマ3:23) それで、私たちはみな霊的に生まれる必要があります。それでなければ、罪の状態で永遠を過ごすことになります。しかし、神はその偉大なあわれみと恵みにおいて、罪人を聖徒に変える唯一の方法を備えてくださいました。それは、「多くの人たちのための贖いの代価として自分のいのちを与えるために」(マタイ20:28)来られた主イエス.キリストです。私たちが罪からの救い主の必要を告白して、私たちの身代わりに十字架で死んで下さったキリストの犠牲を受け入れると、私たちは聖徒になるのです。

聖徒には何の階層もありません。すべて信仰によってキリストに属する者はみな聖徒です。そして誰もクリスチャンの兄弟姉妹よりもより〝聖人に適した"人はいないのです。使徒パウロ、たいていの無名のクリスチャン以上に聖徒であるわけでもないのですが、コリントの教会への第一の手紙を「主イエスキリストの御名をいたるところで呼び求めているすべての人と共に、聖徒として召され、キリスト。イエスにあって聖なる者とされた方々へ。」と宣言して始めています。(1コリント1:2)この節で、 hagios は、"聖徒″、〝聖なる"、そして〝聖別された"と異なった聖書訳の中で訳されています。それで、間違いなく、救いのためにキリストを呼び求めた者はみな、主によって聖なる者とされた聖徒という結論に達するのです。私たちはみな、「聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです。」(エペソ2:19)

私たちは教会によって聖徒だと宣言されたから聖徒ではないのです。すごい行いをしたから聖徒になれるというわけでもないのです。でも一度信仰によって救われたら、神の聖徒として召された者 にふさわしい行いをしなければなりません。「あなた方を召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なる者とされなさい。それは、『私が聖であるから、あなた方も聖でなければならない。』と書いてあるからです。」聖徒には罪がないわけではありません。しかし、聖徒の人生は私たちの心におられるキリストの臨在を反映します。私たちは、「神の中に生き、動き、また存在している」からです (使徒伝17:28)

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