ジョセフ・スミスとは誰ですか?



 

質問: ジョセフ・スミスとは誰ですか?

答え:
ジョセフ・スミスとは、末日聖徒イエス・キリスト教会とも呼ばれているモルモン教会の創始者として有名です。若い時からジョセフ・スミスにはオカルト的な力があったと言われています。彼は若い時から予見者として知られ、予見の石を用いて銀などの貴金属を見つけていたとも言われています。彼も彼の父親も宝探しをする者として知られていて、魔術や占いなどを用いて宝探しをしていたと言われています。当然、それによって彼の噂は広まりました。今日もジョセフ・スミスの事を聖人として扱う人もいて、彼をペテン師とみなす人もいます。

ジョセフ・スミスは聖書復帰運動という霊的運動がアメリカで起こっていた時代に生まれました。そしてこの時代の1820年に彼は父なる神と子なる神が具現化して森で祈っていた自分に語りかけたと言っています。彼はこの二人の方がキリスト教会に感心しておらず、キリスト教会の復帰が必要であり、その大仕事のためにスミスを選んだと主張しています。その日から今日まで、モルモン教会は自分達が真のキリスト教会であると主張してきました。

モルモン教会の指導者たちは使徒たちの死後、真のキリスト教会は堕落してしまい、復帰が必要となったと常に教えてきました。しかしこの「天からの啓示」を受けたはずのジョセフ・スミスと友人たちはその後もオカルト的な方法を用いて貴金属を探し続けました。それらの方法は当時違法であり、スミスは1826年にその罪で訴えられました。しかしその前にもニューヨークで新しい「神の預言者」としてスミスはまた別の天の干渉についての証言をし始めました。1823年にはスミスはモロナイという天使から、ニューヨークのパルミラのある場所に金板があるという啓示を受け、その金板には、キリスト教の福音についての別の真実を知っていたモルモンという男と彼のヘブルの部族についての歴史が書かれていたと言いました。スミスが金板に書かれている言葉を翻訳することができるように天使が様々な奇跡を行ったとモルモン教の歴史的文書に記録されています。また、その翻訳作業を手伝っていた男がバプテスマのヨハネ、ペテロ、ヤコブとヨハネを1829年の5/15にペンシルバニアに迎え、人々にアーロンの血筋の祭司としての選びを与えられたとも書かれています。これらの出来事は全てスミスの「高価な真珠」という本に書かれています。

ジョセフ・スミスは天からの啓示を受け、幻を見ていると主張していました。しかし、彼の家族、彼の信仰や宝探しのために行っていたオカルト的行動が「著しく道徳性に欠け、堕落した行動の中毒になっている」ことを人々に知って欲しいというニューヨークのパルミラの62人の住民が署名活動をしました。しかしスミスは自分が神の語り手であると主張し、自分が口を開くときには神が語っていると主張しました。この主張は多くの弟子たちが真剣に受け止め、スミスが幻を見たという時には、その内容がどれほどキリスト教の教えからかけ離れていたとしてもそれを信じる必要がありました。スミスの一夫多妻制についての幻も良い例です。

それが良く見られようと、ペテン師と言われようと、スミスの「神からの啓示」は彼を有名にしました。彼の想像上の話は空想科学的な、聖書の真実と混ざったり聖書の真実を曲げたりした話として読まれました。彼はいつも聖書の教えの真似ごとをすることを心がけ、なんども聖書を改ざんしました。ですから、多くの人にとってはスミスの神学は聖書の真の神学に似て非なるものです。スミスの神学は聖書の教えに良く似た教えを用いて人々を誘惑するものです。

ジョセフ・スミスの最期は暴徒の手によってもたらされました。一夫多妻制の件で人々を黙らせようとしたスミスとその支持者たちはモルモン教に反対する新聞社の建物を破壊し、逮捕されて刑務所で裁判の日を待ちました。その刑務所は200人暴徒によって襲撃され、ジョセフ・スミスと彼の兄弟は殺されました。スミスの死後「教会」は分裂し、スミスの創立した教会は今もミズーリ州にあり、ユタ州には新しい指導者であるブリガム・ヤングに従った教会があります。



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