「キリスト者の女性は頭にかぶり物をつけるべき?



 

質問: 「キリスト者の女性は頭にかぶり物をつけるべき?

答え:
Iコリント11:3-6にキリスト者の女性と頭のかぶり物について書かれています。この聖書箇所の文脈は神から与えられた権威に対する従順について書かれています。女性が頭にかぶり物をつけるという動作はかしらと神の権威に従う事を表しているのです。この聖書箇所で大事なせつはIコリント11:3で、「しかし、あなたがたに次のことを知っていただきたいのです。すべての男のかしらはキリストであり、女のかしらは男であり、キリストのかしらは神です。 」と書かれていますが、この段落の残りは上の真実を詳しく解説しているのです。権威の順番は父なる神、御子、男性又は夫、そして女性又は妻です。キリスト者である女性が頭にかぶり物をつけるという行動は自分の夫に対する権威のもとにある事、従って神に対する従順を示していたのです。

10節には「ですから、女は頭に権威のしるしをかぶるべきです。それも御使いたちのために。」と書いてありますが、なぜ御使い達のために頭にかぶり物をする必要があるのでしょう?神の人類との関係は御使い達が見てそれから学ぶ物である事がIペテロ1:12に書いてあります。ですから、女性が神から与えられた権威に従うという行動は御使い達にとって良き模範となるのです。神に完全に従っている御使い達は私たちも同じように正しく神の権威に従う事を待ち望んでいるのです。

13節に書かれているかぶり物は布のかぶり物とも取れますが、続く2節をよむと髪の毛の長さとも取れます「自然自体が、あなたがたにこう教えていないでしょうか。男が長い髪をしていたら、それは男として恥ずかしいことであり、 女が長い髪をしていたら、それは女の光栄であるということです。なぜなら、髪はかぶり物として女に与えられているからです。 」(Iコリント11:14-15) 。この文脈から髪の毛の長い女性は男性ではなく女性である事を示す事がわかります。パウロはコリントの文化では妻の髪がその夫より長い事をとおして妻夫に対する従順を示していたと書いているのです。男性と女性には神から与えられた、神の御心と神が定めた順序への従順という霊的模範を示す役目があるのです。

しかしなぜ髪の毛はコリントで問題があったのでしょうか?それは当時の文化を調べるとわかります。コリントの街には愛の女神アプロディーテーの神殿があり、儀式的な売春が多く行われていた事が有名です。神殿娼婦達は髪の毛を刈っていました。ですからコリントでは髪の毛を刈っている女性は神殿娼婦という意味があったのです。パウロは髪の毛を刈っている女性は教会では頭を覆うようにと指示しました(Iコリント11:6)。それは髪の毛を刈った女性は栄光を失い、夫の保護下にもなかったからです。頭を覆っていない刈ってある女性の髪の毛は「自分は神の権威の順序に逆らう」というメッセージを送ったのです。ですからパウロはコリントの教会で神の長さや頭のかぶり物は外見的に神と神の権威に従うという態度を示す物としていると教えたのです。これを通してコリントの教会は周りの偶像礼拝に満ちた堕落した文化から離れる事ができたのです(IIコリント6:17) 。

この箇所は女性が男性より劣っているとは教えていませんし、女性が男性全てに従うべきとも教えていません。むしろこの箇所は結婚における神から与えられた権威と順序を教えているのです。コリント文化では礼拝中や公の場で頭にかぶり物をしていた女性は権威に従う事を示していたのです。

現代の文化では女性が頭にかぶり物をつける事が権威への従順のしるしとしてはみなしません。多くの文化でスカーフや帽子はただ、ファッションの一部とみなされています。現代の女性はそれが神から来る権威に対する従順の印としてかぶるなら頭にかぶり物をつけても良いでしょう。しかしながら、それは個人的な選択であり、霊性を示す物ではありません。大事なのはその人の心の態度と権威への従順で、それは主に対する物である必要があります(エペソ5:22) 。神は頭のかぶり物よりも心の態度が正しい事を望んでおられるのです。



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