教会はどのようにしてキリストの体なのですか?


質問: 教会はどのようにしてキリストの体なのですか?

答え:
"キリストの体"ということばは、新約聖書に共通の教会(本当に救われているすべての人のこと)の比喩です。 教会は、ローマ書12:5で、"キリストにある一つのからだ"、第1コリント10:17で 、"一つのからだ"、第1コリント12:27とエペソ4:12で、"キリストのからだ"と呼ばれています。へブル書13:3では"からだ"と呼ばれています。教会は、エペソ5:23とコロサイ1:24で、明らかに キリストの"からだ"と同等にみられています。

キリストがこの世界に来られた時、キリストのために備えられていた肉のからだを取られました。(へブル書10:5;ピリピ2:7)この肉体を通して、イエスは神の愛を実体的に、明白に、肉体的に現わしてくださいました。―特に、その犠牲的な十字架上の死を通して。(ローマ書5:8) キリストの昇天の後、キリストはキリストに贖われた者を通して、世界中にそのみわざをし続けておられます。 — 今では、教会が神の愛を明白に、確実に、肉体をもって神の愛を現わすのです。こうして教会は"キリストのからだ"として作動しているのです。

教会がキリストのからだと呼ばれる理由の事実:

1) キリストのからだの全員が救いによってキリストに結び合わされている。(エペソ4:15-16)

2) キリストのからだのメンバーはキリストをかしらとしてキリストについて行く(エペソ1:22-23)

3) キリストのからだのメンバーは、この世でのキリストの肉体的代表である。教会は今日キリストがそれを通してキリストのいのちを世界に現わされる有機体である。

4) キリストのからだのメンバーには、キリストの聖霊が内在しておられる。(ローマ書8:9)

5) キリストのからだのメンバーは、それぞれ独特な働きに合った様々な霊的賜物を持っている。(第1コリント12:4-31)「ちょうど、体がひとつでも、それに多くの部分があり、体の部分はたとい多くあっても、その全部が一つのからだであるように、キリストのそれと同様です。」(12節)

6) キリストのからだのメンバーは、その背景や人種、または奉仕の違いには関係なく、他のすべてのクリスチャンと共通のきずながある。 「それは、体の中に分裂がなく、各部分が互いにいたわり合うためです。」(第1コリント12:25)

7) キリストのからだのメンバーは、救いが保障されている。(ヨハネ10:28-30)なぜなら、クリスチャンが救いを失うためには、神はキリストのからだに"切断手術"をしなければならないということになるから。

8) キリストのからだのメンバーは、キリストの死と復活にあずかる。(コロサイ2:12)

9) キリストのからだのメンバーは、キリストの共同相続人である。(ローマ書8:17)

10) キリストのからだのメンバーは、キリストの義を賜物として受け取る。(ローマ書5:17)

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